ラベル 雑記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 雑記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年8月10日火曜日

経済実験

こんばんは。

Morimotoです。
最近経済実験をするということで、いろいろ調べています。

そもそも経済で実験!?と思われるかもしれませんが、「行動経済学」とかの分野では盛んに行われています。

理論を検証するもの、実験の結果から新しい理論を作り出そうとするものなどなど内容はさまざまです。

そもそも、経済学では、人間は私利私欲で動いているみたいな仮定をおいて、極度に単純化した状態で分析を進めていきますが、そうした中で生まれた理論がどれだけ現実の人間の行動と合致しているのかということが問題になるようです。

果たして、さまざまな局面において、人々はどのような思考回路をもって行動しているのでしょうか。

私利私欲的な行動をしない場面に対する説明としてあるのが、「利他性」という概念や、「平等」という概念です。

以前、○○さんによくしていただいたから、今度何か恩返ししてあげよう、
(何かいいものをもらって)自分だけ多くもらってもなんか悪い気がするから、みんなで平等にわけよう・・・

みたいなことはよくあります。実験では、実際に人々がとった行動から、分析を進めていきます。

人間の行動は複雑です。いろいろな要素がその人の行動に影響をもたらしえます。単純にたくさん人を集めても、一概にみんなが同じ環境にいるわけではないので、なかなか強力な理論を作りだすことは難しいのでしょうかね。

意見ある方は、コメントをお願いします。

2010年8月9日月曜日

詐欺メールfrom海外

 迷惑メールというと、いらない広告からチェーンメール、フィッシング詐欺まで色々ありますが、珍しく英語の物を受け取りました。

 件名:RE: AWARD NOTIFICATION, FINAL NOTICE.
 本文:We are pleased to inform you, that as a result of our RECENT LOTTERY DRAWS HELD .Your e-mail address attached to ticket number:・・・(以下略)

 要するに宝くじに当たりましたよ、ということなんですが、そもそも応募した覚えもなければ、
件名:AWARD NOTIFICATION, FINAL NOTICE.でメールを送った覚えもありません。
 500000ドル当たりました、とのことですが怪しすぎて、詐欺メールなのがバレバレでした。

 皆さんもお気をつけて!

2010年7月30日金曜日

力を下さい

こんばんは。Hikaruです。
UT-NTUまで1カ月を切り、準備もいよいよ大詰めです。

代替わりに伴う仕事もまだ完全には済んでいないので、
タスクが山積しております(^-^;

みんな、私とIRISメンバーに力を分けてくれー!

以上、代表の切実な心の叫びでした。

2010年7月15日木曜日

就活戦線レポート①

こんにちは、Naokoです。

そろそろインターンで忙しくされている方も多いかと思います。
私もその一人なのですが・・・インターンまでたどり着くまでが長いですね!
私はまだ、一つもたどり着けていません。
応募書類5件もだしてこんな感じなので、いまから本番が心配です。

しばらくこの件に煩わされそうなので、これをテーマに何回か連投させていただきたいと思います。
もしかしたら別のメンバーからの特別バージョンも・・・誰か書いてくれるといいなって思っています。

さてさて、私がインターンをしようと思ったきっかけですが、それは「東大生のためのインターンシップセミナー」でした。外資系企業を主に集めたブース式のセミナーだったのですが…それはそれはすごい人でした。
人、人、人、人、人、人!!!
という感じでして、足の踏み場もない。移動するのも一苦労、という状態で、今年の就活戦線の厳しさを実感。ちょっと気になったのが、「安定」と言われるJRのような大企業には
(話が聞こえるのか?)
と思うぐらい遠くまで人だかりができているのに対し、
あまり聞いたことのないコンサルは、椅子が空いているような状態。
学生の安定志向が強まっているといわれますが、それを実感した瞬間でした。

(つづく?)

2010年7月6日火曜日

荀子「性悪説」②

こんにちは。Morimotoです。

今回は、UT-NTUから前に戻って、荀子の「性悪説」の続きを書いてみたいと思います。

孟子の「性善説」を、現実の人間の行動に照らし合わせて正面から批判した荀子でしたが、彼は自説を以下のように補っています:

今誠以人之性固正理平治邪,則有(又)惡用聖王禮儀,將曷加于正理平治也哉。

つまり、いま、人間の本性がもともと善に代表されるような正(行いが正しい)・理(理にかなっている)・平(安定している)・治(秩序がある)であるとすると、どうして聖王や礼儀によって、これらの性質を補わなければならないのか(いや、その必要はないだろう。)、と言っています。

現実を見ると、聖王や礼・儀という概念によって世の中を治めようとしているではないか。仮に、人が元々善であるならば、それらの概念をわざわざ持ち出す必要はないのではないか。

続けて、

今不然,人之性惡。⋯⋯故性善則去聖王,息禮儀矣,性惡則與聖王,貴禮儀矣。

つまり、いまは聖王や礼儀というものを持ちださなければ、世の中は治まらないから、人間の本性は悪である。・・・故に人間の本性が善であるならば、聖王や礼儀を取り除き、悪であるならば、それらを重んじよ、と結論づけています。

荀子が、社会の現実的な状況から人間の姿を捉えていることが分かると思います。こうして見ると、彼が孟子の「性善説」を誤解していたように思われます。

孟子が人間を根源的なものから捉えようとしていたのに対し、荀子は現実に映し出された人間からその本性を捉えようとしていたとも言えます。

その現実とは、戦国時代にあっての現実。今とは少し違うかも分かりません。「利」をもって人と接し、利害関係を重んじた社会であったのかもしれません。長年尽くしてくれた臣下であっても、自分の地位が脅かされる可能性があると容赦なく切り捨てていた時代です。

そんな時代に、孟子や荀子は何を思ったのでしょうか。彼らは、どのような視点から、社会を良くしようとしたのでしょうか。

解釈にずれがあると思う方は、ご指摘願います。

2010年6月26日土曜日

歌えない曲のタクトを振る

Hikaruです。こんにちは。

少々ご挨拶が遅れましたが、
この度UT-IRISの新代表になりました。



そんな訳で最近、ふと「東大生の国際化」とは
いったい何を指しているのだろうと思います。


取り巻く少子高齢化や経済のグローバル化。

将来、日本の経済水準を現状以上に保とうと思えば、
必要とされる外国語を運用できる「人材」が潜在している
東大生の「国際化」が必要である。

・・・という議論の理解はできます。


しかしそれはマクロレベルの議論に過ぎません。

東大生一人ひとりが、国際化の結果として
幸せになるかどうかはその人次第。
善し悪しはretrospectiveにしか分かりません。

以上のような理由で、国際化の必要などない
と言われたら、なかなか反論はできません。

究極、その人の意志が「国際化」に
存在しなければ我々の試みは失敗してしまうのです。


つまり「東大生の国際化」を考える時に必要なのは:
  • 国際的になりたいと志す人にはそれを手助けする
というレベルだけではありません。
  • 東大生一人ひとりのやりたいことができる場所として「国際化」を提示する
こともそれ以上に重要だと私は思います。



その話とは別に、代表になってからは
私はリーダーとして何が足りないかについて、
メンバーに「個人面談」してもらいながら考えています。

3代目にして、英語といったスキルもないし
カリスマ性もフレンドリーさもない
平々凡々とした人間が代表になってしまいました。

「国際化」という自分ではうまく歌えない曲。

すばらしい音色を奏でるメンバーに対して
さて、指揮者の私はどうやってタクトを振ろうか?

メンバーたちから教えてもらったヒントは「情熱」。

まだまだ頼りない代表かと思いますが、
熱意を持って「東大生の国際化」に取り組もうと思います。

そういうわけでみなさま、どうぞよろしくお願いします。
例によって、最後に私の好きな言葉を。
Denn nichts ist für den Menschen als Menschen etwas wert, was er nicht mit Leidenschaft tun kann. - Max Weber

2010年6月9日水曜日

親知らず抜きました

さてさて、完全に個人的な話題を初めて投稿します、Naokoです。
今日、タイトルの通り、親知らずを抜いてきました。

親知らずを抜くとき、生え方によっては歯ぐきを切って歯を砕いて少しずつ取り出さなければならない場合もあるそうですが、今回はいい子にまっすぐ生えていたものだったので、麻酔チクチクちょっとガリガリ。
(なんか、圧迫されてる感じが…)
と思っている間に気が付いたら抜かれていました。

知り合いにすごく腫れたという人がいたので、実は不安だったのですが、あっけないぐらい早く終わってびっくりです。先生に聞いたら、大変なのは横向きに生えている歯だそうで、今日のは難易度が比較的低いとのこと。

夕御飯も食べにくいですが、普段とほぼ変わらないメニューをいただけました。
知り合いは数日ウィーダーゼリーでしのいだと言っていたので、これも驚きです。

とりあえずこのまま順調に治ってくれることを願います。

2010年6月7日月曜日

晩餐会

こんばんは。Hikaruでございます。

つい数時間前まで「元老院」主催の晩餐会が、
TISS参加者も交えて盛大に行われておりました。
(写真を撮ってくるのを忘れた・・・!)

ちなみに「元老院」とはローマでも、
スター・ウォーズでもありません。
UT-IRISの偉大なるOB/OGの方々です。

前半のWorkshopは全て英語。

「誰の秘密か当てるゲーム」や、
自分のキャリアプランについての短いスピーチが行われ、
メンバーは普段は見ることのない互いの一面を垣間見、
非常に有意義なひとときを過ごしました。

後半はParty。みんなぶっちゃけトーク。
(個人的には長机のちょうど真ん中の席を取ってしまい
しまったとは思いつつ。笑)こちらもなかなか。

総じて昨日の夜はにぎやかに更けていきましたとさ。
元老院のみなさん、ありがとうございました!

2010年6月5日土曜日

アイラン

おはようございます。またまたいちかわです。

最近週に1回のペースで本郷にあるサモサというお店のグリーンカレーを食べています。
基本弁当派の私ですが、友達に「サモサ行こうー」と言われると持ってきた弁当をラボの冷蔵庫にしまいこみ(夕食にします)いそいそとサモサへ向かいます。

グリーンカレーってなんであんなに美味しいんだろう。
日本食も大好きだけれど、世界には美味しいものがいっぱいありますねー。
まだまだ食べたことのないものだらけです。

目下試したいと思っているのが、しょっぱいヨーグルト。
トルコでは飲むヨーグルトがしょっぱいらしいのです。
数ヶ月トルコでインターンをしていた友達曰く「私には合わなかった」、でもトルコ人に言わせると「美味しい!これがトルコの味だー」とのこと。
どこかで試せないかなー。

都内でこのアイランというしょっぱいヨーグルトが飲める所を見つけた方はぜひご一報ください:P

それでは、楽しい週末をお過ごしください♪

2010年6月2日水曜日

久しぶりに本の話でも

こんばんは、湯浅です。

久しぶりに書籍部に行ったら、塩野七生さんの新刊(なのかな?)「日本人へ リーダー編」が出ていたので探していた本ではなくそちらを購入。
塩野さんの文章は一文一文が短く、ぱりっとしていて、小気味よくテンポよく批判等がなされていて大好きです。
現在の国内政治や国際政治、社会問題には多くの要素が複雑に絡んでいて、この本に書かれていることを単純に適応させることはもちろんできないと思いますが、現在の社会を見るうえでの一つの有意義な視点や考え方を与えてくれると思います。
ローマ人の物語の他にもヴェネツィアやフィレンツェ、ローマ教皇についての本も書かれていて、私にはどれも刺激的でいっきに読んでしまいました。
昨年の三月には、どうしてもローマの遺跡やフィレンツェ、ヴェネツィアを自分の目で見たくなり、急遽友人を誘ってイタリアに行ってしまったくらいです。
六月には「日本人へ 国家と歴史編」、夏には十字軍関連の本が出るみたいなので今から楽しみです。

短いですがこの辺りで。

2010年5月28日金曜日

荀子「性悪説」①

お久しぶりです。Morimotoです。

早速ですが、予告どおり前回の続き、「荀子」について書いてみたいと思います。

荀子(B.C. 313 ~ B.C. 230)は孟子(B.C. 372 ~ B.C. 289)とほぼ同時代の人といっていいと思います。孟子を戦国時代前期とすれば、荀子は戦国時代末期ということになります。それにしても両者ともに長生きですね。2000年以上前だということも考えるとなんだかすごい気がしませんか。

さて、孟子の「性善説」に対して「性悪説」を唱えた荀子ですが、まずはその内容を少し見てみることにします。

孟子曰:“人之性善。”曰:是不然。

孟子が人間は善なるものであることを言っているのに対して正面からこれは違う、と否定しています。続いて、

凡古今天下所謂善者,正理平治也;所謂惡者,偏險悖亂也:是善惡之分也已。

まずは、何が善で、何が悪なのかを示しています。彼が言うには、善とは、行いが正しい、理にかなっている、安定している、秩序がある、です。それに対して悪とは、不公平で質が悪い、陰険、誠実でない、反乱を起こす、です。

ここまで読んで、みなさんはどちらだと思いますか。本質的に人間は、善なのか、悪なのか。ここで、思い出してください。孟子は、決して人間が生まれながらにして善であるとは言っていませんでしたね。善につながるものをもっていると言っています。荀子はそれに対してではなく、結果的に人が善であるか悪であるかに焦点をあてて、善であることを否定しているように思われます。なるほど、現実に目を向ければ、人間が善だとはとても思えなかったのかもしれません。しかしながら、それは孟子に言わせれば、十分に自分の持っているものを伸ばしきれなかった人であり、人間の本質ではないのです。

荀子はこの後どう続けていくのでしょうか。当時、荀子が孟子の言っている「性善」の意味をどうとらえていたかということは、興味深い話です。

次回は、荀子「性悪説」の続きを書いてみたいと思います。解釈にずれがあると思う方はご指摘ください。

2010年5月25日火曜日

学なび

こんにちは,Uraraです!

昨日,Naokoちゃんが学生団体について,ちょこっと書いてくれていますね.
そこで,今日は「学なび」という学生団体を簡単に紹介させていただきます^^

学なびとは:(学なびHPより抜粋)
学なびとは学生団体及び、学生による活動を社会に開放する情報プラットフォームです。
学生団体に所属するあなたにとっては、皆様の活動をより社会に伝える媒体として、
何か活動を探すあなたにとっては、より目的の団体・より理想に沿うような団体を探せる媒体として、
世の中に散在する、学生が考え出した新鮮でユニークな活動情報を、WEB媒体からわかりやすくシンプルに分野別に提供して大学生によりよい課外活動の環境を提供します。

こんな活動をされている方々です!
UT-IRISも学生の方々への情報提供を行っている団体なので,やってることが似ているな―っていうのが,私の感想です.
UT-IRIS=国際交流,学なび=学生団体,の情報提供といったイメージでしょうか.

実は,先日,UT-IRISも学なびさんのHPに登録してもらいました!
よかったら,チェックしてみてくださいね^^

学生団体検索サイト 学なび
http://www.gakunavi.info/

2010年5月24日月曜日

終わった~~!

こんにちは、Naokoです。
タイトルの通り終わりました、国家公務員第一種試験の筆記試験・・・まだ、面接はあるんですが、とりあえず山越えたというのが実感です。


IRISのメンバーは他にも試験を受けている人がいるので、この一カ月ぐらい実はちょっと運営が大変でした。試験を受ける私ではなく、それ以外のメンバーが。申し訳ない限りですが、メンバーのみんなには甘えさせてもらいました。私は今修士1年なのですが、研究の控える来年に備えて、授業を取らなくてはいけません。数がそこそこある上、予習はともかく復習しないと置いていかれる授業は多々あるので、授業と試験勉強の両立は結構大変というか、無理でした。

学生団体って常に人が足りない状況で運営しているんですが、やっぱり試験前と卒論・修論前はそれが顕著に出ます。特にIRISは平均年齢がやや高めのため・・・・・・

さてさて、今日を境にIRISの方もバリバリ頑張ります。

2010年5月14日金曜日

Along The Grand Trunk Road

こんにちは、いちかわです。
ここ何日かで風邪をひいてしまい、熱こそないものの
のどが痛いためトローチを舐めながら実験する日々を送っています。
早く治さなくてはですね。
皆様はいかがお過ごしでしょうか。

ところで、国際にニュースのネタを探そうとNPR(national public radio) のサイトを見ていたら、
面白い企画を見つけました。
”The Grand Trunk Road" というカルカッタから始まりインドの主要都市を通りパキスタンまで続く道を行く中で、出会った人々にインタビューをしようという連載です。
今日の記事は記念すべき旅のスタートでありカルカッタで元気一杯の女子大学生にインタビューを行っています。
この子が元気で元気で、このような勢いのある学生がいればそりゃ国も成長するよなーと思わず納得してしまいました。
いわゆる「ニュース」ではないので国際ニュースとしてのアップはしませんが、もし興味がありましたら見て(聞いて)みてください。
私も毎朝通学の電車内で聞くことでプチ旅行気分を味わうつもりです。

2010年5月11日火曜日

孟子

はじめまして。つい最近スタッフとなり、まだまだ仕事に慣れていない感じのMorimotoです。

挨拶代わり、最近受けている講義の内容の一部を紹介したいと思います。

テーマは「孟子」。名前を知っている人が多いか分かりませんが、かの有名な「性善説」を主張した人です。2300年ほど前の人ですが、その主張は今の時代にも通じることが多いように思います。どんな人物だったか一言で言いますと、人を信用し、周りの人たちの人に対する信頼心を触発することに秀でていた人です。

さて、「性善説」ですが、何をいっているのかというと、字が示しているとおり、「人は生まれながらにして善良な心をもっている」というものです―といいたいところですが、少し違うようです。上の主張を裏付ける有名な話は、「今にも井戸に落ちそうな子供がいたら、人間誰でも放っておかないだろう。だから、どんな人でも(普段はどんな行いをしているにせよ)善良なる心の持ち主なのである。」というものでしょう。では、孟子はどういっているのでしょうか。<孟子・公孫丑上>より引用してみます。

惻隱之心,仁之端也;羞惡之心,義之端也;辭讓之心,禮之端也;是非之心,智之端也。”

すなわち、他人を思いやる心は、仁へとつながるものである。悪を恥じる心は、義へとつながるものである。自分はひいて、他人に譲る心は、礼へとつながるものである。善悪を判断する心は、智へとつながるものである。

“人之有是四端也,其有四體也。有是四端而自謂不能者,自賊者也;謂其君不能者,賊其君者也。”

続けてこう言っています。仁・義・礼・智へとつながるものを人は皆持っている。持っていてそれを実現できないという者は自分をおとしめている。君子がそれをできないと言う者は君子をおとしめている。

以上に見られるように、孟子は人が生まれながらにして善と断定するよりは、皆その基礎となるものを持っていると言っているのです。ですから、それを積極的に努力してのばそうとしない限りは実現できません。また、それができないと言ってあきらめてしまうのは自分の価値をおとしめているのです。

次回は(いつかは分かりませんが)、「性悪説」を唱えた荀子について書いてみたいと思います。解釈にずれがあると思う方はご指摘ください。

2010年3月27日土曜日

師の言葉

こんにちは。Hikaruです。

私も昨日卒業する運びとなり、春から始まる大学院生活に
心を躍らせている(よりも戦々恐々としている)毎日です。

私の所属していた学科では、例年卒業式の後に謝恩会を行います。
後期課程の2年半、お世話になった先生方に感謝を捧げます。

会の途中で、いらっしゃった先生方から一言ずつお言葉を頂きます。
授業の内容は覚えていないダメ学生の私ですが(汗)、
こういうところで先生が仰った言葉を妙に良く覚えていることがあります。

今年は、残念ながらご欠席されたとある先生から頂いたメッセージでした。
以下、少し私の解釈を入れながら要約します:

  君たちの教育には、両親のものだけではなく、国民のお金がかかっている。
  授業の内容は卒業した後には覚えていないものだが、
  自分たちが期待されていることを忘れるな。
  そして日々の仕事で忙しい中にも、自分の「専門」を持つことを目指して頑張れ

「東大生は社会から期待されている」と言われると、
「期待なんて、掛けられた方が迷惑」と思ってしまう私。

しかし普段お世話になっている人からこれだけの思いを込めた言葉を頂くと、
やはり、がんばらなければならない、と心持ちを新たにさせられます。

そして、掛ける方も「期待」などという曖昧な言葉を使いたい訳ではなく、
ただ格好を付けて「悔いの残らないように」と言いたいだけだったのでは、
と思う今日この頃でした。

東大生が東大生でいられる時間は有限。
タイムリミットのあるがんばりの方が、続きそうじゃないですか?

2010年3月26日金曜日

マルチリンガル

みなさんこんにちは! ブログ初投稿の佐藤和也です。
最近にIRISに参加させていただきました。
今日は先日まで行っていた台湾旅行で驚いたことについて書きたいと思います

台湾には両親が台湾人の高校の同級生と行ってきました。
彼は日本育ちで日本語がネイティブで、さらに親戚と話すときには台湾語、国語(北京語)、さらにいとことは英語を使って話していました。さらにおじいさんとは日本語で会話していました。
旅行前にその話を聞いて正直信じれないでいたのですが、実際にいろんな言語を駆使してコミュニケーションをとる彼を見て度肝を抜かれました(汗)
彼曰く、幼少期から親戚と会話をしていたらいろんな言語を使って会話するようになってしまったそうです。

僕は2年ほど前から中国語(北京語)の勉強を始めていて、簡単な会話の内容は理解できます。
しかし、彼と彼の親戚の人が北京語を話していたと思ったら、突然返答が台湾語に切り替わって、まったく理解できなくなるということが多々ありました。

※北京語と台湾語は方言差が大きいので全然違って、それぞれの言語話者の間での理解は不可能です。

彼みたいな環境で育った人は言語の切りかえに対して脳が慣れてるんでしょうか?
彼を見ていてすごくかっこいいなと憧れてしまいました(^0^)/

2010年3月24日水曜日

宇宙まで続く場所


大谷です。
先週、鹿児島種子島のJAXA種子島宇宙センターを訪問してきました。
ロケット発射場はカメラ撮影OKだったのでロケットが飛び立つ空をパシャリ☆

2010年3月17日水曜日

終わりと新たな始まりの季節



お久しぶりです、湯浅です。


先日、三月でIRISを卒業するスタッフの送別会がLab caféで行われました。

長い間一緒に活動してきたメンバーが人生の新しいステージへと進むのは喜ばしいことですが、学校で気軽に会ったりできなくなるのはとても寂しいです。


私自身も、研究室での生活とは三月でお別れです。

私の所属する学科では、同じ研究科の大学院に進む学生がほとんどですが、私は違う院に進学することに決めたので、今年卒業して四月から社会に出て働く修士2年の先輩方と一緒に送別会で送り出していただきました。


別れの度に思うのが、日々の生活や当たり前のことの大切さ。

研究室の例でいうと、時折研究室旅行や飲み会などのイベントはありますが、日々の積み重ねでおおかたの時が経ち、生活の大部分は一見なんでもないことに費やしてきたわけです。(もちろん実験や研究にも)

みんなで一緒にお昼を食べたこととか、毎日正門から研究室まで歩いた感触とか、友達や先輩とのたわいない会話とか、別れの後にはそういう日常のことや当たり前だと思っていたことを思い出して寂しくなります。

しかも非日常的なイベントや出来事と異なり、日常を写真に撮るなど敢えて記録することは少なく、また、日常は写真で記録できないような雰囲気やイメージ・感触で覚えていることも多く、それは今後二度と感じられないことだと思います。

だからこそ、何気ない一日一日を大切に、また、当たり前のことを大切にしながら日々を送りたいです。

あとはどこを発つにしろ、立つ鳥跡を濁さず、のとおりきちんとこれまでの環境や関係をきれいにして飛び立ちたいですね。


私は研究科が異なるとはいえ四月からも東大に通うわけで、また今まで通り実家から通うわけで、それほど大きな変化はないにもかかわらず、これまでの生活や友達から離れる寂しさと、新しい生活に対する期待+少しの不安をかかえています。

就職されたり、一人暮らしを始めたり、四月から新しい環境に身を置く方の寂寞感や期待、不安感は私より余程大きいことでしょう。

新年度の皆様のさらなるご活躍をお祈り申し上げます。

2010年2月18日木曜日

老けた

最近、自分の顔が老けてきた気がする。

大学1年2年の頃の肌の張りが失われてきた事もとみに感じるが、何より全体的にもの悲しげな雰囲気が出てきた気がする。

そして、何か父親に似てきた。

元々、自分は母親に良く似た顔をしているのだが、最近(特に疲れた日は)父親の顔の要素が増してきたような気がする。

そろそろ、アンチエイジングでも始めようかしら。


どうでも良いが、元代表のN氏の顔も最近老けて、いや男の渋みがましてきた気がする。